2011/03/01(火) アフリカ・ツアーその5 涙の誤解
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なんと素敵なことに、きょうから二日間お休みである。
ホテルの天蓋付きベッドで、さわやかに起床した私は同室のチャンさんと微笑みをかわし連れ立って朝から街を歩いた。
何度も訪れたストーンタウンだが、細い道は背の高い建物群の間を迷路のように入り組んでいて、道を覚えたためしがない、というか覚える気がない。
迷って歩いていろいろなものに遭遇する。
トゲのある扉をもつ建物や、その壁の鑑賞に値するシミや、並べられている熟しきった果物の匂いや、学校帰りの子どもや、大声を上げてボード・ゲームに興じているオヤジ軍団が占拠した街角や、黒いベールの隙間から鋭い目線と香水の甘い香りのみを覗かせて歩いている女性や、薄暗い店の前に一日中腰掛けているアラブ系オババの年輪のような皺や、幅が1mもない道をクラクションを鳴らしながら走るバイクや、朝だというのに「コンバンハー!」と元気に声をかけてくれるアニキや、量り売りされている色とりどりの香辛料が放つ芳香や、赤いシーツをまとってマサイに偽装して商売しているニャムウェズィ民族の男や、イスラムの祈りの声アザーンの名調子や、「ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ」とだみ声で客を呼ぶウェット・テッィシュ売りや、横に置いたバケツの水で小さな陶器をゆすいで熱いアラビック・コーヒーを注いでくれる移動コーヒー売りや、今日中に精肉される運命の鶏をぶらさげて歩くスカーフを被った女の子など、すべてが石造りの小さな街の中に収納され、統一感をもって存在している。
チクチクと目にウルサく入ってくるものが全くない。
時代時代の新建材を使い時代時代の流行のデザインにしたがった建物と違い、石や木など天然素材を使いしっかりと造った建物はビジュアル的にも歳月と添い寝することができる。
目が合った人に「海はどっち?」と訊いて、日陰の迷路から強い日差しにさらされた海沿いの車道に出れば、すぐさま現在地を把握できる。
だから安心して迷い続けていられる。
海沿いに出てビーチで営業しているレストランで一休み。
メニューにビールがあるので、スバヤク注文して乾杯。
チャンさんは静かに「最高ですね。」と言った。
ステージ上では、床から10センチほど浮き上がって長い髪を振り回し、「教祖様!」とすがりつきたくなるような貫禄でチャンゴを打つ彼だが、素顔は実にやさしく、そして飲んべえだ。
午後は街歩きを楽しみながらスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド2011用のCM撮影。
とは言っても、歩いていれば必ず出会う友人、仲良くなった地元の人、あるいは各メンバーに"SUKIYAKI MEETS THE WORLD!"とご発声いただき、それをカメラの伊藤嬢がビデオに収めるというわりと気楽なもの。
ヤマちゃんは「南半球のビデオ・カメラはテープが逆回転するからたいへんだよね。」と伊藤嬢をねぎらわなかった。
協力、ありがとう!
我々が出演する音楽祭「サウティ・ザ・ブサラ」の会場、ンゴメ・コングェ(オールド・フォート)。
かつてオマーンがポルトガルの侵略を防ぐためにつくった砦だ。
インド洋を広く支配したオマーンの首都がザンジバルに置かれた時代もある。
ンゴメ・コングェ内では、明日からの音楽祭の準備が大詰めを迎えていた。
ゲートで切符売り場の準備をしていたでかいオヤジが「よう、また来たか!」と声をかけてくれた。
私は、サウティ・ザ・ブサラ祭を取材と出演で過去2度体験したのでスタッフにも知人が多い。
これ幸いとパンフレットをわけてもらう。
そのパンフレットに、今夜、音楽祭のプレイベントとしてカルチャー・ミュージカル・クラブの公開練習がある旨記されていた。
カルチャークラブの音楽サークルっぽいバンド名だが、オマーンの宮廷音楽としてこの地で発展してきたアラビア系の音楽「ターラブ」の代表的なグループで、ワールド・ツアーもたびたび経験し最近では2007年に来日した。
公開練習は彼らのクラブ・ハウスですでに始まっていた。
マイクの前に小さな老女が立っていたので、私は驚いたまま近づき、あいさつすると、彼女は手に口づけして「我が夫よ」と言った。
推定年齢100歳の生きる伝説的ターラブ歌手、ビ・キドゥデだ。
2007年、来日前に彼女の自宅を訪れ取材したとき、来日時行動をともにしたときと、男のあしらい方がまったく変わっていない。
やがて響き渡る彼女のハリのある大きな歌声もまったく変わらない。
2曲ほど歌い練習から抜けた彼女にふたたび挨拶すると、「おおダーリン!いつ来たのさ?今歌ったばかりなんだけど、聴いてたかい?」
記憶力だけは少し落ちたかもしれない。
自宅同士も近く彼女の側にいつもいる我が友ファトゥマも、それを心配していた。
エリックは、ビ・キドゥデの歌声を聴いてウルウルと感動しているようだが、どう見ても悲しそうな顔にしか見えない。
「彼女に感動を伝えたい。」と言ってきた。
以下通訳した内容。
エリック「ビ・キドゥデよ!ボクは、あなたの歌声を聴いて涙を流してしまった。」
ビ・キドゥデ「なんで泣かなきゃいけないんだい?私の歌が下手だったの?」
エリック「い、いや、そうじゃなくて、あなたの素晴らしい歌声が心に響いて、涙が止まらなくなってしまったのです。」
ビ・キドゥデ「わからない子だねー。なんで泣く必要があるのさ。」
ニュートラルな表情がすでに憂いをたたえているエリックは、人知れずいろいろ苦労しているのかもしれない。