2007年7月23日(月)95歳の新妻
あるいは、カルチャー・ミュージカル・クラブ ツアー同行記
タンザニアのザンジバル島からターラブのグループ、「カルチャー・ミュージカル・クラブ」と推定年齢95歳の女性歌手、ビ・キドゥデが来日し、そのツアーに同行してきました。以下その記録です。
浅草にて記念撮影。7/21
7/16(月)、ムサフィール(インドのラジャスターン州から来日したグループ)のライブのあと、知人らと余韻にひたっているときに、招聘元プランクトン、安藤女史から「(カルチャー・ご一行)みんな無事に元気に到着しました!」とメールが入る。
ビ・キドゥデは体調次第でキャンセルもありえたのでひと安心する。
その後、箱型1弦ベース、サンドゥクの竿が折れていることが判明したとの連絡も。
サンドゥクを弾く人はまず、作れる人でもあるのでさほど、心配はせず。
明朝ホームセンターめぐりをするらしい。
7/17(火)大阪公演。フェニックスホール。
ホームセンターからつきあいたかったが、ラジオの生出演があったため、リハすら見られず、開演1時間前に会場入り。
楽屋でくつろいでいるメンバーにあいさつ。
ビ・キドゥデに「ムメ・ワング(わが夫よ)!」と呼びかけられ「ムケ・ワング(わが妻よ)!」と返す。
握った手を離してもらえない。ビ・キドゥデは周囲に「新しい夫よ」と紹介している。
みなは笑いながら「おめでとう!」と言っている。
新妻は推定年齢95歳、「光栄ですっ!」
サンドゥクには真新しい竿がついていた。
開場後、来場者の中には大阪外大の教授や後輩などたくさんの知った顔が。
スワヒリ語を学ぶもの、ターラブをさけて通るべからず。
リハーサル風景。安藤さん提供。
バシュラフ(ターラブのコンサートで一曲目に演奏されるインスト)から始まったコンサートは実にすばらしかった。
超絶技巧などほとんどでてこないような、ぬったりとした温泉グルーヴにやられた。
2曲目、渋谷のエル・スール・レコーズの原田さんをして村田英雄といわしめたマカメ・ファキがバイオリンを置いて、マイクを手に持ち「ンジョー(そばへおいで)」を歌った。
演歌的なボーカルのすきまに、アラブ起源のカヌーンやウード、そしてアコーディオンやバイオリンが、オブリガードをはさむ。
ダブル・ベースの役割はあくまでも「音程感のはっきりした太鼓」だ。
さびでは手招きをしながら歌う。
千円札を振りながら進み出てオヒネリとして手渡した。
3曲目、ついにビ・キドゥデが舞台下手から登場。
前奏の間中、大きな拍手が鳴っている。
彼女が幼少時よりもっとも影響をうけてきた伝説的女性歌手、シティ・ビンティ・サーディがよく歌っていたという、「ムホゴ・ワ・ジャゴンベ(ジャゴンベのキャッサバ)」だ。
話す声質と変わることのない、しわがれた声で大きくのびのびと歌う。
歌っている間中、ほぼ直立不動なのは、ベールをかぶって顔を隠し着席して歌っていたという、ターラブの古い時代を知っているビ・キドゥデならではのスタイルだ。
休憩中、ビ・キドゥデに「ムメ・ワング、いったいどこにいたの?」と手をつかまれる。
「一番うしろで見守っていたじゃないか、ベイビー。」
第二部は、サンドゥクとバイオリン、キドゥンバク(小型のドゥンバク、アラブ起源の太鼓)などで編成されるダンス・ナンバーのキドゥンバクだ。
この編成はターラブの古い形とされているが、今ではアフリカ大陸的なビートが強くなっている。
女性ダンサーのファトゥマが腰を自在に振って客席をあおる。腰の関節が常人より多いのではないだろうか。
本体から独立した動き。かなりエロい。
オヒネリもどんどん飛び出し多くの人が踊っていた。
それほど大きな会場ではないので、一体感が感じられる。
アンコールではビ・キドゥデがムソンドを披露した。
成女儀礼、ウニャゴは女性しか見ることを許されていないが、ときに「ムソンド」あるいは「外のウニャゴ」の呼び名で儀礼の際の音楽がショーとして演奏される。
長い太鼓「ムソンド」を足に挟みカンガで固定しているビ・キドゥデ。
「ロケットにまたがる老婆」。そのくらい太鼓のほうがでかい。
渾身の第一打に会場がどよめいた。
その歌詞の一部。
「歯が欠けてしまっても、髪が白くなっても、アンタのお道具さえ元気なら大丈夫!」
ムケ・ワングよ。さすがです。
大阪公演の打ち上げより。右はビ・キドゥデの世話役をかねるダンサー、ファトゥマ。
終演後、メンバーやビ・キドゥデとの打ち上げ。
ムケ・ワングは上機嫌でビールを注がせ、タバコを吸う。
なにかといっては大声で歌を歌っている。
「歌ってすこやか!」「ハツラツ!」「アフリカのおばあちゃんが教える長生きの秘訣!」「冷え性に効くターラブ!」
ダサすぎるが、そんなキャッチ・コピーでチラシをつくれば、「健康」という名の新興宗教が台頭している日本やUSAでは、ワールド・ミュージック・ファンでも、ホールのファンでもない、意外な層からのさらなる集客が見込まれるであろう。
彼女らをホテルへ送った後も余韻をさましたくなかったので安藤さんやライターの吉本さん、ターラブ・マニアのヨカバンナ・スタッフらとともに朝まで飲む。
(続・95歳の新妻へ続く)
「ンゴマする日々」
ンゴマとは、音楽・踊り・祭り・太鼓などをひと言で言うスワヒリ語。サカキマンゴーが音をテーマに書きつづるページです。
2005年7月から9月までの「アフリカ旅日記」もどうぞ
[目次]
2008年7月7日(月)打ち込みと伝統音楽
2008年7月4日(金)走り回ってます
2008年6月9日(月)ビリビリでグルグル!
2008年3月31日(月)ありがとうソングが気持ち悪い
2008年3月14日(金)初めての仕事
2008年2月28日(木)ダルエスサラームにて
2008年2月25日(月) ドドマの村で老人楽団に会った
2008年2月22日(金) タンザニアで白目をむかせた
2008年2月8日 (金)ザンジバル島にて
2008年1月27日(日)アフリカへ行ってきます
2007年11月14(水)クロシオン始動!
2007年11月7日(水)録音の進み具合について
2007年9月9日(日)大階段の下で
2007年9月9日(日)8月の大移動
2007年9月6日(木)チビテの新しいアルバム
2007年8月31日(金)ロンドンへ行っておりました
2007年7月25日(水)続・95歳の新妻
2007年7月23日(月)95歳の新妻
2007年7月12日(木)新アルバム録音開始!!
2007年6月24日(日)続・サカマン、教壇に立つ
2007年6月8日(金)白目むいてるかー!
2007年5月6日(日)焚き火とリンバと小学生
2007年4月20日(金)トルコの電気サズ
2007年3月5日(月)帰国報告
2007年3月1日(木)アザーンが聞こえる
2007年2月24日(土)Who is Mr.Kalimba?
2007年2月23日(金)マラウィが遠い
2007年2月17日(土)ボンゴ=フレーバーの夜
2007年2月11日(日)SAUTI ZA BUSARA始まる
2007年2月5日(月)ダル エス サラームの汗
2007年1月31日(水)再びアフリカへ
2007年1月9日(火)新年の日記
2006年12月20日(水)サワリとは・・・
2006年11月27日(月)サカマン、教壇に立つ
2006年11月20日(月)喉歌とリンバ
2006年11月15日(水)鹿児島の話など
2006年10月22日(日)北海道ツアー報告
2006年10月3日(火)「カリンバ」雑感
2006年9月8日(金)コノノが笑わない訳
2006年7月27日(木)博物館から美術館へ
2006年7月3日(月)リンバ列車出発直前
2006年6月1日(木)春のツアー、終了
2006年4月4日(火)哀悼 ウビじいちゃん
2006年3月27日(月)電気リンバ誕生
2006年2月21日(火)リンバと出会った話
2006年2月13日(月)太鼓が鳴り響く
2006年1月26日(木)電気リケンベと伝統など
2005年12月25日(日)電気リケンベ炸裂!
2005年11月24日(木)サワリのもと
2005年11月13日(日)削れる爪
2005年10月17日(月)映像の力
2005年10月12日(水)生の音
2005年6月20日(月)飯田でのライブ
2005年5月25日(水)繰り返すMA-NGOMA
2005年5月10日(火)新作録音中です
2005年4月30日(土)リンバとマリンバ
2005年4月22日(金)川原でリンバを
2005年4月13日(水)上海に行ってきました