2007年2月5日(月)ダル エス サラームの汗

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バガモヨの道端にて。
インターネットカフェへ向かって歩いていると向こうから歌いながら現れた彼。
スワヒリ語のオリジナル曲を披露してくれた。

2月3日タンザニア最大の都市・ダル エス サラームに到着。真冬の日本から着てきたフリースがうっとおしいほど熱い。今回の旅は途中まで弟子のまるちゃん(リンバ歴1年)も一緒です。さらに東アフリカ ンゴマ振興会 NGOMA JAPANI のかっちゃんらとも空港で会い、現地の旅行社で働く大学の後輩ちほちゃんも合流しました。

早速リンガラ音楽の生バンドが演奏しているバーへ。飛行機ではほとんど眠れなかったので結構ふらふらしてますが、とにかく1日目の夜はリンガラで踊りたかった。
夜9時過ぎ(日本時間では4日の朝3時!)、入場料を払った大勢の観客たちがテーブルで静かにビールを飲む中、バンドメンバーがチューニングをしています。ほどなくしてインストゥルメンタルを演奏し始めました。

ベーシストの着ている服がかっこよく、立ち振る舞いも決まっているので、目があった人に尋ねてみると「キンシャサから来たミュージシャン」とのこと。所属しているバンドもリンガラの都・キンシャサやパリで活躍する相当たる名前が出てくる。ラテンのりの曲やヒップホップのインストを開演から数曲演奏し続けていますが、あまり趣味の合うものではなかった。というか明らかに意図的にじらしてる感じ。観客も静かなままです。

30分ほどすると、曲がリンガラ調に変わりました。松葉杖をついた男性シンガーが登場すると雰囲気が一変しました。リンガラ歌手・コフィ・オロミデを髣髴とさせる低く張った声でしみじみとルンバパートを歌い始めると、ぼくはそわそわしてきてテーブルから離れて体を揺らしていました。歌詞がリンガラ語だし、彼もきっとキンシャサなのでしょう。派手なスーツを着た歌手たちがコーラスに加わり、70年代~80年代ゴールデン リンガラスタイル的になってくると、1人、2人とフロアで踊りだす人も出てきました。
このままお決まりのダンスパートに突入することが見えているので、踊りだす人が次第に増えてきます。美しいメロディーとハーモニーを聴かせるルンバパートでみんな気持ちよさそうに揺れています。

ギターのフレーズが1オクターブ上がり、ドラマーがハイハットからスネアに切り替えました。お待ちかねダンスパートの始まりです。フロアは身動きも取れないくらいの混みようなのに、みんなの動きも大きくなるので大変な騒ぎです。次々に登場するダンサーたちが微妙にダサい、しかしそれがかえってかっこいい振りで踊ります。アニマシオン担当のシンガーは掛け声専門で客をあおる、あおる。
「手を挙げて!」 「まわして!」 みんなそれについてゆきます。

むせ返るような懐かしい体臭の中で踊っていると、またアフリカに来たんだ、という感慨がわいてきました。ふと見ると、かっちゃんは興奮した観客たちとともにステージに上がって踊り、大うけしています。

その後はリンガラナンバーやケニアやタンザニアでヒットしたスワヒリ語の曲が続きました。曲順を考えても、始めはじらしておいて、どんどん盛り上げていくような並べ方でした。それぞれの曲が終わる寸前に客がそれを察知してぞろぞろ何もなかったかのように席に帰っていくのが見ていておもしろい。

そしてまたルンバパートから人が増えていく。そういう繰り返し。螺旋を上りながらだんだんと全体の気分が高まっていきます。ときどきメインスピーカーが切れてモニターの音だけになったりもしますがみんなお構いなしです。

コンゴ民主共和国のキンシャサで生まれたリンガラ音楽ですが、ここ東アフリカでも大はやりです。ケニアではスワヒリ語(公用語)よりもルオ語など民族語で歌う歌手が多かったのですが、キンシャサから出稼ぎに来たミュージシャンたちが言葉を覚えてスワヒリ語の曲をヒットさせたという歴史もあります。タンザニアやケニアでは最近はボンゴフレーバー(地元のヒップホップ)勢の人気が上がってきて、若い人の間ではリンガラは「おっさんの聞く音楽」とまで言われています。確かに年配のお客さんが多かった。けれども本場・キンシャサでもなかなか聞けないような、しみじみとした味わいのルンバパートが残っているリンガラがしっかりとはやっていることにうれしくなりました。

「ムズィキ ヤ バラ(内陸の音楽)」とさかんにMCが声を張り上げます。そう、これは内陸の音楽。海岸沿いではタアラブが待っています。

気がついたら午前2時前。日本はもう朝8時ごろ。睡眠不足もぶっ飛ばして汗だくになりました。ステージで喝采を浴びたかっちゃんにはなんとギャラが支給されました(ソーダ1本買えるくらいだけど)。

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まるちゃんはアンドレア ザウォセからリンバを習い始めた。バガモヨにて。


バガモヨにて記す。



「ンゴマする日々」

ンゴマとは、音楽・踊り・祭り・太鼓などをひと言で言うスワヒリ語。
サカキマンゴーが音をテーマに書きつづるページです。

2005年7月から9月までの「アフリカ旅日記」もどうぞ

[目次]
 2008年7月7日(月)打ち込みと伝統音楽
 2008年7月4日(金)走り回ってます
 2008年6月9日(月)ビリビリでグルグル!
 2008年3月31日(月)ありがとうソングが気持ち悪い
 2008年3月14日(金)初めての仕事
 2008年2月28日(木)ダルエスサラームにて
 2008年2月25日(月) ドドマの村で老人楽団に会った
 2008年2月22日(金) タンザニアで白目をむかせた
 2008年2月8日 (金)ザンジバル島にて
 2008年1月27日(日)アフリカへ行ってきます
 2007年11月14(水)クロシオン始動!
 2007年11月7日(水)録音の進み具合について
 2007年9月9日(日)大階段の下で
 2007年9月9日(日)8月の大移動
 2007年9月6日(木)チビテの新しいアルバム
 2007年8月31日(金)ロンドンへ行っておりました
 2007年7月25日(水)続・95歳の新妻
 2007年7月23日(月)95歳の新妻
 2007年7月12日(木)新アルバム録音開始!!
 2007年6月24日(日)続・サカマン、教壇に立つ
 2007年6月8日(金)白目むいてるかー!
 2007年5月6日(日)焚き火とリンバと小学生
 2007年4月20日(金)トルコの電気サズ
 2007年3月5日(月)帰国報告
 2007年3月1日(木)アザーンが聞こえる
 2007年2月24日(土)Who is Mr.Kalimba?
 2007年2月23日(金)マラウィが遠い
 2007年2月17日(土)ボンゴ=フレーバーの夜
 2007年2月11日(日)SAUTI ZA BUSARA始まる
 2007年2月5日(月)ダル エス サラームの汗
 2007年1月31日(水)再びアフリカへ
 2007年1月9日(火)新年の日記
 2006年12月20日(水)サワリとは・・・
 2006年11月27日(月)サカマン、教壇に立つ
 2006年11月20日(月)喉歌とリンバ 
 2006年11月15日(水)鹿児島の話など
 2006年10月22日(日)北海道ツアー報告
 2006年10月3日(火)「カリンバ」雑感
 2006年9月8日(金)コノノが笑わない訳
 2006年7月27日(木)博物館から美術館へ
 2006年7月3日(月)リンバ列車出発直前
 2006年6月1日(木)春のツアー、終了
 2006年4月4日(火)哀悼 ウビじいちゃん
 2006年3月27日(月)電気リンバ誕生 
 2006年2月21日(火)リンバと出会った話 
 2006年2月13日(月)太鼓が鳴り響く 
 2006年1月26日(木)電気リケンベと伝統など 
 2005年12月25日(日)電気リケンベ炸裂! 
 2005年11月24日(木)サワリのもと 
 2005年11月13日(日)削れる爪
 2005年10月17日(月)映像の力 
 2005年10月12日(水)生の音  
 2005年6月20日(月)飯田でのライブ
 2005年5月25日(水)繰り返すMA-NGOMA 
 2005年5月10日(火)新作録音中です 
 2005年4月30日(土)リンバとマリンバ 
 2005年4月22日(金)川原でリンバを 
 2005年4月13日(水)上海に行ってきました
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